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SGIの歴史
SymbolicsとCGの歴史
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(前回第六話のあらまし)1990年代に入りSymbolicsは「XL-1200」という強力なシステムを打ち出し、多くのCGプロダクションやポストプロダクションに幅広く支持された。ユーザ数も圧倒的な数となり、日本Lisp協議会(LSJP)と共同開催の「シンボリックスユーザ会」への参加者もAI関係半分・グラフィックスユーザ半分といった割合になるほどであった。

 

 

第七話 進化

 その後Symbolicsのソフトウエアは細かいバージョンアップを重ねていくが、XL-1200本体もハイビジョンにフル対応する一回り大きい国産の筐体で販売された。

 このシステムは「Paintam(ペインタム)」と称され、ハイビジョンペイントに最適なシステムとしてNHKをはじめとして、ハイビジョンに強く力を入れていた各方面に納入された。

 もちろんPaintamとはいっても、SymbolicsにはGeometryを筆頭にS-Productsとして3DCGの機能が盛り込まれていた。

 余談だがこのXL-1200システムは、メインメモリ20MB、システムディスク760MB、40MB(DC2000)テープカートリッジを内蔵していた。(今となってはこのスペックでよく仕事をしていたな、と感心しきりである)


 1991年秋、日本シンボリックス株式会社からニチメングラフィックス株式会社に社名変更をする。

 この頃から国内外で次世代ゲーム機開発が盛んになり、それに合わせてSymbolicsも開発環境を提供すべく様々なモジュールを開発した。


湾岸戦争勃発。都庁新庁舎開庁。WOWOW開局。レコード大賞「愛は勝つ」KAN


 この頃から社内で「ARK Project(アークプロジェクト)」が始動する。Symbolicsで動作している「S-Products」を様々な形で進化させていこうとするプロジェクトである。
 最初に登場する「ARK Render(アークレンダー)」は、Symbolicsで作成した3DCGアニメーションを外部レンダリング専用マシンでバッチ処理すると言うシステムだ。

 当時価格も比較的廉価だったSUN Micro Systemsの「SPARC Classic」を採用し1994年にデビューを飾る。


松本サリン事件。関西国際空港開港。恵比寿ガーデンプレイス完成。映画「ピアノレッスン」。

 ARK Renderがリリースされた頃、次世代ゲーム機といわれた松下の「3DO」、ソニーの「Playstation」、任天堂「Nintendo64」が次々と発売されていく。

 そして内部ではARK Projectの次なる展開、Silicon Graphics(SGI)製ワークステーションへのポーティング(移植)が行なわれていった。このプロダクトは「ARK Attack」と呼ばれた。

 このプロダクトパッケージは「ARK Attack」と称され、モデラの「Geometry」、アニメーションスクリプタの「Dynamics」、レンダラの「Render」、スケルタルアニメーションシステムの「BonesI/K」、の組み合わせだった。

 一方Symbolicsハードウエアである「XL-1200」を中心とした最後のARKプロダクト「ARK Suite」は、XL-1200にデジタルハードディスクレコーダとデジタルスイッチャをパッケージにして、ノンリニアエディティングするというエフェクト合成システムであった。

 ARK Suiteは類稀な画期的なシステムであったにも関わらず、世の中放送業界も含めバブル崩壊という現実の下、幻の製品となっていくのである。


 ニチメングラフィックスは次第にポリゴンゲーム開発ツールを強化していき、ARK AttackはIRIX版の「N-WORLD」と進化していく。

 N-WORLDはゲーム業界で最も使いやすいポリゴンモデラとされ、追って次々と開発されたゲーム出力モジュールと共に数多くの本数が出荷された。

 1997年には「WindowsNT版 N-WORLD」を発表した。

 翌1998年3月、既にSymbolicsが過去のマシンとなりつつあったこの時期、「シンボリックス・リプレイス・プログラム」を実施。これは交換部品も底を付きはじめたSymbolicsから、低価格でIRIX版N-WORLDに入れ替える企画であった。

 これを境に日本国内でのSymbolicsのサポートが終了した。


消費税5%に。NASAマーズパスファインダー火星探査。たまごっちブーム。ビジュアル系バンドブーム。長野冬季五輪。


 その翌年の1999年5月28日、次世代CGソフトウエア「Mirai」発表会&ユーザ懇親会が行なわれ正式にN-WORLDからMiraiに移行していく。

 N-WORLDは最終的にIRIX/WindowsNT共にバージョン3.2.1で終わり、Miraiへバトンタッチとなる。

 Mirai以降後もN-WORLDに慣れ親しんだユーザからの要望でN-WORLDを少量出荷し、今現在でも利用しているユーザも少なくない。

 Miraiは開発元のNGIが、Winged Edge社に売却された事もあり日本では殆ど名前を聞かなくなってきている。同時に、NGIが売却される前にリリースをしたN-WORLDの簡易版モデラ「Nendo」も、シェアウエアで低価格であったため学生を中心に根強い人気があったが、その後名前が出てこなくなってしまっていた。

 一方日本ではニチメングラフィックスが、母体が変わり2000年秋に名称を「株式会社エヌジーシー」に変えている。


 2002年10月現在、Winged Edgeはその後どのようになったかは分からないが(Webサイトもアクティブではないように思われる)、NGIが開発した「Nendo」をバージョンアップさせたと思われるモデラ「Wings 3D」が無料で配布されている。私の知る限り、これが現在「Symbolics」のモデリングを受け継いでいて今も残る唯一のCG製品である。

 あの1987年の『STANLEY AND STELLA ; BREAKING THE ICE』の制作でも使われたであろうあの「S-Geometry」と同等なモデリング手法を今では誰でもインターネットから自由にダウンロードして利用できる時代になったのである。

Wings 3D ; http://www.wings3d.com/

 

★★★最後に、一つだけ付け加えたいことがある。インターネット黎明期である1985年3月に世界で、一番最初に登録されたドメインネームを御存知だろうか???

 

 それは『symbolics.com』である。

 

 時代を越えて駆け抜けた先進的な大先輩達に、私は敬意を表したいと思う・・・。

 

再編集・構成;金指美樹

 

〜 完 〜 
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