SGI World 寄稿 1999年11月号に掲載
1984年に初めてのコンピュータ「IRIS 1400」を発表してからおよそ15年の歳月を経て今年(執筆時1999年12月)、SGIが初めてPC/AT互換機「SGI 1400L/1400M Server」をリリースした。OSには「WindowsNT」と「SGI Linux」から選択できる。この(従来からすると)最もSGIらしくないマシンに1400という命名をしたのは、果たしてただの偶然なのだろうか?
現在の(IRIX機)CPUの主流となるR10000誕生
Indyが発表された翌年の1994年にMIPS R10000の完成がアナウンスされた。
一方、Indyには「XZ Graphics」が追加され、更なる市場の拡大を狙っていた。他にもこの年には、NTTとのちに「ゾエトロープ・プロジェクト」と呼ばれる双方向CATV(VOD)に関する技術提携を結んでいる。
また、10月後半には横浜アリーナにて「Silicon Graphics EXPO」と称する巨大なプライベートショーが行なわれ、連日大盛況であった。
会期中、抽選で毎日1台ずつのIndyがプレゼントされ、会場には閉館間際の抽選会まで多くの人々で賑わっていた。
この年、日本シリコングラフィックスは、恵比寿のガーデンプレイスに本社を移転している。
リアルタイムの時代へ
1995年は、WebFORCEシリーズが発表され、インターネットでのコンテンツ配信やビデオ・オン・デマンドなどの双方向インタラクティブ分野で脚光を浴びた。
さらにガーデンプレイス内に「SPACE VISION」を開設。
同時に日本初のバーチャルスタジオ・システムが導入され、フジテレビが天気予報の生中継をここで行なっていた。
リアルタイムに、より高度な描画が要求されるなか、待望のハイエンドシステムである「Indigo2 IMPACT」がデビューを飾ったのもこの頃である。
これほどの新製品が発表されたのは・・・
1996年は、新たなシステムがこれほど多く発表された年は他になかったであろう程、数多くの新製品が登場した。
まず「Onyx InfiniteReality」の発表を始めとしてOnyx、Challenge、Indigo2などにR10000 CPUを搭載、「Indy R5000」を発表、そして現在も最前線で活躍している「O2」「Onyx2」「Origin」と立て続けに発表が続いた。
一部では「O2の開発が遅れたため、急遽IndyにR5000を搭載してリリースしたのでは」と噂されていたが、実際はR5000のIndyを先行発売して十分な市場リサーチを行ない、O2の開発に反映させたという。
従来ユーザから見ると意外な方向に・・・
1997年、日本でも米国にならい日本クレイと合併し、社名も「日本シリコングラフィックス・クレイ」となった。
製品としては、Indigo2の後継機となる「OCTANE」がリリースされた。もうこの辺のシステムは記憶にも新しいので詳細は割愛するが、SGIが初めてデスクトップにマルチCPUを採用した製品である。
この頃から「SGIがインテル製のCPU搭載したマシンをリリースするのでは・・・」という噂が囁かれ始めていた。MIPSのCPU開発ロードマップが不透明になってきていたのである。
そして噂は現実となりSGIは、Microsoftと新たなグラフィックスAPIの共同開発プロジェクト「Fahrenheit(ファーレンハイト)」を始動させる。
このSGIとMicrosoftとの協業が1998年秋のCOMDEXで、ビル・ゲイツによる噂のニューマシンの特別公開となった。そのマシンは翌1999年1月に正式発表を迎えた「Visual Workstation 320/540」である。
並行してIRIX機もクロックアップや新CPUである「R5200」が発表されている。
そして1999年9月6日、従来のSGIユーザが考えもしなかった全く新たな方向性を持つ新製品「SGI 1400M/L Server」が発表された。この年にはワールドワイドでの新戦略のために、社名が「日本SGI株式会社」に変更されている。
この「グラフィックス」の表記が社名から消えた時点で、世の中から魅力的な「グラフィックスコンピュータ」が無くなってしまったような気がするのは、私だけだろうか?
その頃・・・
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