SGI World 寄稿 1999年10月号に掲載
好景気に沸き立つ日本で、R4000を搭載したINDIGOによりさらに拍車を掛けたSGIは、1993年についに「あの」マシンをリリースする。また、SGIを一般の人々に知らしめる事になる「あの」映画が制作されたのもこの時期である。
圧倒的なグラフィックスパワーを見せつける
1993年1月、SGIは「Challenge/Power Challenge」「Onyx」「Indigo2」をリリースした。
Challenge/Power Challengeは大規模データを取り扱うコンピューティングサーバとして、Indigo2はIndigoの上位機種に位置付けられ、ハイエンドグラフィックス制作環境として市場に浸透していった。
Indigo2には、IndigoのElanグラフィックスを拡張したExtremeグラフィックスが搭載されており、8個搭載されたジオメトリエンジンの威力を如何なく発揮した。
また、この時期米国本社を「最先端のテクノロジーを推進する優良企業」として、クリントン(当時)米大統領が表敬訪問している。
ハリウッドに浸透するSGI
この年の4月、SGIはジョージ・ルーカス率いるILM社(Industrial Light & Magic)との間で「JEDI(the Joint Environment for Digital Imaging)」プロジェクトを始動した。
このJEDIというプロジェクトは、カリフォルニア州サン・ラファエルのILM社内に、Onyxを中心とした70セット以上にも及ぶIRIXマシンを用意して、デジタル回線でネバダ州ハリウッドのスタジオと直結し、運用をSGIのエンジニアがバックアップするというものであった。
つまり、グラフィックスワークステーションを使った本格的な映画制作環境だったのだ。
当時の会長兼CEOであったエドワード・R・マクラッケンは「SGIはILMのような高い技術力を持ったユーザの要求に応えていく内に、最先端のテクノロジを身につけていた」と語っている。
また、このプロジェクトを導入後ジョージ・ルーカスは「アーティストとエンジニアのコラボレーションにより、クリエイターにとっての最新技術がとても身近なものになった」とプロジェクトの効果を話している。
エンターテイメントの中心に
JEDIが発表された翌月の5月、SGIはビデオ・映像制作分野に向けて「Silicon Studio」を発表した。
このシステムは、各プロダクトに対してのビデオ・オーディオI/Oの提供と、映像のリアルタイムでの圧縮・伸張技術の提供などが用意された映像制作のためのシステム提案であった。
また同時にエンターテイメント分野でのシステム開発を行なう子会社、Silicon Studio社を設立している。
さらに翌6月にはJEDIで「あの」映画、「ジュラシック・パーク」の試写会が行なわれ、SGIの最新のテクノロジーが映画業界を震撼させたのである(日本では翌1994年に公開された)。
このほか、この時期に米タイムワーナー社と共同でビデオ・オン・デマンド(VOD)技術を使った完全双方向ケーブルテレビのサービスも発表されている。
「あの」システムの登場
1993年7月、ついに「あの」マシン、(開発コード;Guiness)ビジュアル・パーソナル・ワークステーション「Indy」が発表された。IndyはIndigoの後継機にあたる。
しかしその内容はIndyCAMというCCDカメラやNTSCビデオ入力、そしてIndigoMagicというGUIを搭載し、単純にグラフィックスワークステーションというより、次世代マルチメディアコンピュータといえる内容であった。
価格も従来では考えられないほど低価格化され、この頃から少しずつフリーランスのCGアーティストが増えてきていた。そしてグラフィックス系専門学校がこぞってIndyを導入した。
その頃・・・
第5回 1994年〜現在へ続く・・・