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SGIの歴史
SymbolicsとCGの歴史
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SGI World 寄稿 1999年7月号に掲載

第1回   GLの黎明、初めてのハードウエア:1981〜1984

 

 SGI(SiliconGraphics)-この企業はそもそも米スタンフォード大学に端を発する。

 当時教授であった、ジェームス・H・クラーク(現ネットスケープ・コミュニケーションズ代表。(執筆当時)以下ジム・クラーク)率いる研究チームは、コンピュータのハードウエアによるグラフィックス表示技術の研究開発を行なっていた。


6名のスペシャリスト

 1981年の話である。当時米スタンフォード大学で、ジム・クラークは彼以外に5名のエキスパートを従え、また彼らに支えられていた。ラボの卒業生であるマーク・ハナ、数学者のトム・デビス、(ノートブックを持つ静かな)ロッキー・ローズ(彼は喉に障害を持っていたことからそれを筆談に使っていた)、エンジニアであるマーク・グロスマン、後にOpenGLの元となったグラフィックス・ライブラリ(GL)の中心的作者カート・エークリである。

 ジム・クラークは「ジオメトリエンジン」プロセッサを考案して特許を取得し、それをコンピュータメーカーに売り込もうとしていた。そのため日々シリコンバレーを歩き回りDECやIBMなどを訪れたという。しかし、ジオメトリエンジンに対して興味を持つ企業は中々現われず、唯一ヒューレット・パッカード(HP)が興味を示したものの、この技術のライセンス価格面(当時の金額で$50,000-しか提示されなかったという)で折り合いがつかなかった。

 次第に6名はジム・クラークを中心として、自分達の力で独自のグラフィックスターミナルを開発する方向へ進んでいく。

 しかしながら、開発は一筋縄にはいかなかった。ホストコンピュータからデータを転送してくるのに採用した10BASE-Ethernetのドライバを作る上で、ロッキー・ローズは「それは大変な苦労があった」と語っている。当時のソフトウエアチームは、グラフィックスターミナルのためのグラフィックスライブラリ技術ではエキスパートであったが、UNIX-OSやEthernet、またはそのドライバのプログラミングについて全く知識を持ち合わせていなかったのである。

2年の歳月が流れ・・・

 グラフィックスターミナルの開発を始めてから2年後の1983年。ようやく初めての製品である「IRIS 1000グラフィックスターミナル」が完成する。

 しかし、ハードウエアチームはこのマシンに満足していなかった。当時の技術としては信じられないほどの高速なグラフィックス表示を実現していたが、システム自体が不安定でしばしばクラッシュする現象が出たためである。

  ほどなくしてジム・クラークはIRIS 1000をベースにそれ自体で稼動するコンピュータの開発を視野に入れた。「我々のグラフィックス部分の技術は、(他社と比較して)2〜3年はリードしている」とジム・クラークは自信を持っていた。

SGI初のコンピュータが登場

 翌1984年、SGI初のコンピュータとなる「IRIS 1400」の開発に成功した。OSにはUNIXを、CPUはモトローラのMC68010を採用していた。このマシンの開発に際して、(UNIX等のプログラミングに関しては)ほとんどゼロからのスタートで、しかもこれほどの短期間で独自のアーキテクチャを持つコンピュータを開発できたのは、今現在の技術から考えても驚異的である。なお、当時ハードウエア開発の部分ではスタンフォード大学で隣人だったサン・マイクロシステムズが力を貸している。

 この年から毎年、SGIは更なる新しいマシンをリリースし続けていく。

 

その頃・・・

  • 1981年
    シリコングラフィックス設立
    ピンクレディが解散、原宿では竹の子族が踊り、巷では立体パズル「ルービックキューブ」が大流行
  • 1983年
    IRIS 1000グラフィックスターミナル登場
    東京ディズニーランド開業、女子大生がテレビをにぎわせる、流行語に「ぶりっこ」
  • 1984年
    SGI初のコンピュータIRIS 1400登場
    米LAオリンピック、グリコ森永事件が起こる、東京の有楽町に有楽町マリオンがオープン

 

 

第2回 1984〜1987年へ続く・・・

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